1番古い記憶は3歳 夜の公園に捨てられた

デス書き込み

1番古い記憶は3歳
夜の公園に捨てられた
小学校低学年から洗濯、食器洗い、風呂洗い、犬の散歩をお手伝いと言う名の強制労働
学校から帰って母が帰るまでに終えてなかったら殴る蹴る
女の子は太ると可愛くないという持論を振りかざしご飯をお腹いっぱい食べさせてもらえない
服はご近所さんのお下がりのみ
数枚の服を着倒すから着たきり雀で虐められた
小2の頃の下着を中学生まで着るしかなかった
セーラー服の下の肌着は小学校低学年の頃のスリップ
ウエストの切り替えが胸の下となり
太ももまであったはずのスリップの丈は腹部となり……それでもそれしかないからヨレヨレのボロボロを着ててイジメは続いた
高校進学の学費は出さない、女の子だから体で稼げと言われて奨学金は母の酒代にきえた
バイトを3つかけ持ちして学費、学校に行く電車の定期代、自分の食費を稼いだ
17歳の時、両親離婚
父親の生死は知らない
19歳の頃、複数の彼氏を経て母再婚
再婚の邪魔になって家を追い出される

私が結婚したら母が家を買うから私の旦那に保証人になれ!と連絡きた
兄に相談して保証人回避
それから数年後知らないうちに母離婚
兄がガンで死去
母が兄に掛けてたガン保険の給付金は全て母の懐に……
兄は死ぬ前に「俺らに親はいなかった」そう思って生きていけ!と言葉を残す
母は兄の生命保険やら預貯金を相続して好き勝手生きてる
兄の保険で金儲けを覚えたので私が知らないうちに私をガン保険に入れ「あんたきっとガンよ!病院行け!」と日々うるさい
自分の知らないガン保険を保険会社に連絡して解約した
私が病気で生死をさまよった時、オペすることになった
一応連絡すると「その日は旅行の予約してる。オペに来て欲しいならキャンセル料払え」と言うのでお断り
少し認知機能に難ありとなり介護が必要になって私に面倒みろという
兄の遺したお金で施設に入れた
こんな過去がありながらも面倒見てるのに顔を見れば文句しか言わない
ありがとうという感謝の心を知らない
早く死んでください
一刻も早く死んでください
お願いします
今すぐにでも死んでください

326 2018/10/30 16:57 0 デスコメント 219 アクセス 8

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